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ブロックチェーン技術による
⾦融システムの課題と可能性
近畿⼤学 ⼭崎重⼀郎
ブロックチェーン⾦融の必要性
ワレットの中の仮想通貨と銀⾏預⾦⼝座の残⾦
銀⾏預⾦⼝座の残⾦
l 毎⽉の収⼊ー毎⽉の⽀出
l 経済圏に還流可能な銀⾏の負債(=事実上のお⾦)
銀⾏⼝座の残⾼
ワレットの中の仮想通貨と銀⾏預⾦⼝座の残⾦
ワレットの中の仮想通貨
l 本⼈の秘密鍵でしか所有を移転できない資⾦
l そのままでは経済圏に還流できない資⾦(死んだお⾦)
ワレットの中の仮想通貨
暗号はどこに使われる︖
l 資産としての対象
l 秘密鍵を持つ主体(こちらを忘れてはいけない)
ブロックチェーンと暗号+資産
ブロックチェーン
主体
秘密鍵
暗号処理されたデータ
対象
ブロックチェーンそのものはロバスト
l ⼤規模災害や紛争などにも耐える
しかし、主体が管理する秘密鍵は脆弱
l 万全と思える対策をしていても不可抗⼒で喪失する可能性
ブロックチェーンはロバスト︖
主体
秘密鍵
暗号資産のカストディサービス
代理で仮想通貨などの暗号資産を管理してくれるサービス
l 実質的に秘密鍵の代理管理
秘密鍵 秘密鍵
カストディサービス
証券としての暗号資産
仮想通貨を証券(トークン化)した経済圏
秘密鍵 秘密鍵
トークン経済圏
(DeFi)
英国の「暗号資産」の概念
英国暗号資産タスクフォース最終報告書(2018年10⽉)
l 暗号資産の3分類
⾼橋郁夫弁護⼠(駒澤綜合法律事務所) ブログより
https://itresearchart.securesite.jp/?p=1504&fbclid=IwAR1LoLyagAlvkVEJNoOLL6Ugshs
UBIZDSAY_6V-sNwV7h1A5J8F90L8lfTw
Her Majesty's Treasury(⼤蔵省)
the Financial Conduct Authority(⾦融⾏動監視機構)
the Bank of England (英国銀⾏)
EBA(欧州銀⾏協会)によるCrypto Assetの分類
2019年1⽉公開
暗号資産の3分類
●Payment/Exchange/Currency Token
Virtusl Currency
Crypto Currency
●Investment Token
●Utility Token
Exchange(決済)トークン/Currencyトークン
l いわゆる「仮想通貨」
security(証券)トークン/investment(投資)トークン
l それ⾃体は価値をもたず、価値との交換を前提とした引換証書
utilityトークン
l モノ・サービスとの交換証書、アクセス権
Crypto Asset の3分類 (英国、EBAの定義)
energy token(電⼒) ParkinGO (駐⾞場)
⽇本の改正資⾦決済法、改正⾦商法等における
「暗号資産」関連⽤語の外延
暗号資産(「仮想通貨」を単純に置換)→ 改正資⾦決済法
l Exchange(決済)トークン/Currencyトークン
電⼦記録移転権利 → 改正⾦商法
l 電⼦情報処理組織を⽤いて移転することができる財産的価値
l Securityトークン
Utilityトークンは︖
Security(証券)トークン
電⼦記録移転権利
l 第⼀項有価証券(株券など)として扱われる︖
取扱業者
l 第⼀種⾦融商品取引業者(証券会社など)︖
合法的運⽤にはトークンにメタ情報の付与が必要
l メタ情報の標準化が必要になる
l ERC1400などの標準
メタ情報
所有者情報
メタ情報
所有者情報
分散台帳によるトークンの表現
トークンの台帳表現
実際にはトークン(コインのようなもの)は存在しない
ブロックチェーン上にあるのは台帳記録
l 例︓Bitcoinの三式簿記
しかし台帳としての記述⼒には限界がある
l Bitcoinの三式簿記には、現⾦勘定の記述しかできない
output
仮想通貨
input
仮想通貨 現⾦勘定
トランザクション
input
債務
ブロックチェーン上の台帳表現の拡張
トークンを実現する台帳記録技術の⾼度化
l ERC20 (Etherumアセットの勘定のための標準API)
l OpenAssets Protocol (Bitcoin にアセットの勘定を追加)
chaintope社の inazuma
(仮想通貨の)現⾦勘定+債権/債務勘定
output
仮想通貨
output
債権
input
仮想通貨
input
債権
output
債務
トランザクション
現⾦勘定
アセット勘定
債権/債務
総量保存則
トランザクションの正統性検証の重要項⽬
l 送⾦の前後で(貨幣的)価値の総量が変化していない
l 債権/債務勘定も総量保存則が維持される
input
債務 100
output
仮想通貨
output
債権 70
input
仮想通貨
input
債権 100
output
債務 50
input
債務 50
output
仮想通貨
output
債権
input
仮想通貨
input
債権 30
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債務
input
債務 50
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仮想通貨
output
債権
input
仮想通貨
input
債権 70
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債務
債権 30
債務50
トークンの⽣成とメタ情報
アセット⽣成トランザクション
l 通貨発⾏のためのコインベーストランザクションに類似
l input部が無くoutput部のみ
l input部はメタ情報を参照し、そのメタ情報は送⾦後も伝播
トランザクション
output
仮想通貨
output
債権 100
input
仮想通貨
output
債務 100
メタ情報
発⾏者
譲渡条件
精算条件
...
トークンの消滅とメタ情報
アセット焼却トランザクション
l メタ情報は送⾦後も伝播
l メタ情報の条件に基づいてアセットが焼却される
債権と債務の相殺、通貨による債権/債務の精算
トランザクション
メタ情報
発⾏者
譲渡条件
精算条件
...
input
債務
output
仮想通貨
output
債権
input
仮想通貨
input
債権
output
債務
DeFi (⾮集中型⾦融)は⾦融か︖
DeFi (⾮集中型⾦融)
トークンによる⾦融
l トラストレス
l 集団投資スキーム
ブロックチェーン
DeFi (⾮集中型⾦融)
仮想通貨
セキュリティトークン
ユーティリティトークン
トークンによるインセンティブ設計
仮想通貨のデポジットによるトークン取得
UTXOモデルで表現する
l ERC-20モデルでも同様
l 仮想通貨をデポジット
トランザクション
デポジット
トークン
ブロックチェーン
input
債務
output
仮想通貨
output
債権
input
仮想通貨
input
債権
output
債務
output
仮想通貨
output
債権
input
仮想通貨
input
債権
output
債務
UTXO
input
債務
なぜトラストレスな運⽤が可能なのか︖
l 参加者がデポジットした資⾦の分配をめぐるゲームだから
l 不正を⾏うとデポジットした資⾦を失う
トークン
l ゲームに参加し活動するために必要
プロトコル
l トークンの利得をめぐる合理的⾏動
ゲーム論的プロトコルとしてのDeFi
利得⾏列ゲーム⽊
ブロックチェーン
トークン
DeFiは本当に⾦融なのか︖
ゲームとしての投資
l 本質的にゼロサム・ゲーム
ゼロサム・ゲーム
カジノとしてのDeFi
実像は、カジノのチップのデジタル版︖
l デポジットしてゲームに参加
l 精算して利益を得る
デポジット
精算
ゲーム
アルゴリズムトレーディングとしてのDeFi
DeFiはゲーム理論で分析可能
勝つためのアルゴリズムが存在する
l DeFiの未来像は、「ギャンブラーの悲劇」による⼀⼈勝ち
ゼロサム・ゲーム巨⼤
データセンター
ギャンブラーの悲劇の有⽤な利⽤法
公平なゲームは所持⾦が50%より多い⽅が必ず勝つ
Satoshi Nakamoto が発明した Proof of work法
l Bitcoin の健全性を望むマイナーが所持する計算量が全体の
50%以上なら、台帳記録は⼀貫性を持つようになる
DeFiにはもっとクレバーなインセンティブ設計が必要
創造的⾦融の時代とDeFi
創造的⾦融
l ⼈間だけが可能な「驚き」にもとづく投資
AIと巨⼤データセンターの時代
l 「⼈々の驚き=エントロピー」を光速で検知
l 計算速度の優位性により利益を獲得し、リスクを撒き散らす
「⼈間による」創造的⾦融
l 光の速度を超えて「驚く」ことができる⼈間の能⼒
DeFiで⼀番最初に「驚いた」⼈が勝つゲームをつくれるか︖
「銀⾏」の登場
「銀⾏」と登場⼈物
「銀⾏」におけるローンの借り⼊れ
l 銀⾏が借⼊⼈に融資した資⾦は消費される
l 銀⾏は債権を持ち、借⼊⼈は債務を持つ
l 時間の経過とともに⾦利が発⽣する
預⾦者 借⼊⼈
「銀⾏」
⼝座
債権
⾦利
法定通貨
債務
「銀⾏」による融資の台帳表現
総量保存則を維持している
l 債権+債務=0
input
債務
output
通貨 100
output
債権 100
input
通貨
input
債権
output
債務-100
input
債務-100
output
通貨
output
債権
input
通貨 100
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債権
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債務
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債務
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通貨
output
債権
input
通貨
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債権 100
output
債務
借⼊⼈
メタ情報
発⾏者
譲渡条件
精算条件
...
債権 100
債務 -100
通貨発⾏者としての「銀⾏」
通貨=転々譲渡可能な債権
l 総量保存則を維持した通貨発⾏
input
債務
output
通貨 100
output
債権 100
input
通貨
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債権
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債務 100
input
債務 100
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通貨
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債権
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通貨 100
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債権
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債務
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債務
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通貨
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債権
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通貨
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債務
借⼊⼈
メタ情報
発⾏者
譲渡条件
精算条件
...
input
債権 100
銀⾏発⾏通貨
「銀⾏」のリスクとトラストの構造
流動性リスク
l 預⾦引出し
信⽤リスク
l 不良債権
預⾦者
借⼊⼈
「銀⾏」
預⾦
⼝座
信⽤
システム
預⾦
資⾦
貸借
資⾦
債券
⾦利
中央銀⾏
当座
預⾦
国⺠
国家
銀⾏免許法定通貨
債務
⾦利
「銀⾏」のみが可能な
借⼊⼈の債務に基づく健全な通貨発⾏
電⼒もデポジットも不要
時間の経過と債務の残⾼に応じてロック状態解除
l 債務+債権=0 は維持される
利息も「銀⾏」による通貨発⾏
input
債務
output
通貨 1
output
債権 1
input
通貨
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債権
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債務 1
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通貨
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債権
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通貨
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債権
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債務
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債務
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通貨
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債権
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通貨
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債務
借⼊⼈
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債権 1
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債務
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通貨
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債務
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通貨
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債権 1
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通貨
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債権
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債務 1
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債務
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通貨
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債務
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通貨
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債権 1
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通貨
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債権
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債務 1
input
債務 1
ロック時間1年
時間軸
ロック時間2年
ロック時間3年
「銀⾏」発⾏トークンによる⾦利 特許
(11)【公開番号】特開2018-160179(P2018-160179A)
(43)【公開⽇】平成30年10⽉11⽇(2018.10.11)
(54)【発明の名称】仮想通貨管理プログラムおよび⽅法
(71)【出願⼈】
【⽒名⼜は名称】学校法⼈近畿⼤学
【⽒名⼜は名称】株式会社ハウインターナショナル
【⽒名⼜は名称】⼤学共同利⽤機関法⼈情報・システム研究機構
【⽒名⼜は名称】株式会社⽇本総合研究所
【⽒名⼜は名称】株式会社三井住友銀⾏
幻滅期のブロックチェーンのこれから
オッカム主義の台頭
マッキンゼーの報告書
「Blockchain's Occam problem」(2019年1⽉)
l これまで数⼗億ドルの投資があったが、ブロックチェーンの実
⽤的⽤途はまだ存在しない
l 投資家の視点からは、ブロックチェーンの技術的進歩は緩慢で
幼稚な段階から抜け出せない
l ブロックチェーンのPoCとして離陸したプロジェクトがDBベー
スで着地する
NISTの6条件
⽶国国⽴標準技術研究所によるブロックチェーン利⽤指針
l NISTIR 8202 Blockchain Technology Overview
6条件
l ⼀貫性の維持が必須なデータ共有が必要か︖
l 複数の主体がデータの提供者になりえるか︖
l 書き込まれた記録への修正や削除が不可能でよいか︖
l 機微な個⼈情報が記録されることがないか︖
l データ提供主体に書き込み権限を与えるために信⽤な
どの管理は不要か︖
l 改ざん不可能な追跡可能な記録がどうしても必要か︖
NISTの6条件とトークン
現実資産のトークン化
l ERC-20などによるトークンで資産を管理するプロジェクト
登録情報の⼀貫性保証をどうするのか︖
(分散している)複数の主体の主張を信頼する⽅法は︖
l 例
信頼できるIoTデバイスの利⽤︖
nayutaの Lightning Shield for Arduino+スマートメータ
スマートメータトークン
法規制
⼯場排⽔への規制
l 被害者の救済、補償
l 科学的基準
l 信頼できる測定と評価などの法規制の運⽤
法規制
被害者
法規制
⾦融サービスへの規制
l 被害者の救済、補償、利⽤者保護
l 合理的な規則と基準
l 信頼できる監査などの法規制の運⽤
法規制
資⾦洗浄 投資被害
被害者
法規制
⼯場の爆発などの⼤規模な事故への対処
l 被害者の救済、補償
l 責任の所在(モラル・ハザード)
法規制
被害者
法規制
⾦融サービスの破綻/事故
l 被害者の救済、補償、防⽌
l 責任の所在(モラル・ハザード)
法規制
被害者
利益とリスクのバランス
モラルハザード
利益 リスク
個⼈/企業
国⺠
(税⾦)
責任
利益とリスクのバランス
モラルハザード
利益 リスク
個⼈/企業
国⺠
(税⾦)
責任
事故や攻撃と技術の成熟
事故や攻撃の経験は、技術の成熟にとって不可⽋
l 暗号技術やセキュリティ技術に「完璧なシステム」は無い
l 幾多の事故や攻撃を耐えて⽣き残ったものだけが実⽤に耐える
技術的成熟への道を⼀歩ずつ登るしかない

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